テキサスの英雄ノーラン・ライアン 米国食肉輸出連合会

メジャーリーグで残した、輝かしい記録の数々

ノーラン・ライアンは1947年1月31日にテキサス州リフュージオで生まれ、その後テキサス州アルビンに引っ越し、以来2003年春までそこで暮らしていました。現在は妻のルースとともに、テキサス州ジョージタウンに住んでいます。ある日、少年だったノーランは、父親からもらった10ドルを元手に牛を1頭買いました。子どもの頃から実社会に興味を持って欲しい、と考えた父親が勧めたのです。これを機に、ノーランはビーフビジネスに興味を持ち始め、いつかはそれに携わりたいという強い願望を持つようになりました。

1965年にアルビン高校を卒業したノーランは、ビーフビジネスなど数々の進路について悩んだ末、まず野球の道へ進むことを決意。そして、「ニューヨーク・メッツ」とプロ野球選手契約を締結し、バージニア州マリオンのルーキーリーグ入りをしました。1968年にはメジャー入りし、「ニューヨーク・メッツ」、「カリフォルニア・エンジェルズ」、「ヒューストン・アストロズ」、「テキサス・レンジャーズ」の4チームでの27年にも及ぶ輝かしいMLB選手生活を歩み始めます。40年間の野球人生のなかで、ノーランは51ものメジャーリーグ記録(7回の無安打無得点試合、5,714の奪三振を含む)を達成しました。

グラウンドで数多くの功績を残しましたが、なかでも3チーム(エンジェルズ、アストロズ、レンジャーズ)での背番号が永久欠番になったのはMLB史上ノーランだけです。また殿堂入りの資格を得た1年目の1999年1月5日には、全米野球担当記者協会から野球の殿堂入りという最高の栄誉を与えられました。さらに同年、アメリカの野球ファンの投票によって「オール・センチュリー・チーム」のメンバーにも選ばれました。

事業経営に力を注ぎながら、引退後も球界に貢献

引退後は、少年時代からの夢だった事業経営に取り組んでいます。ノーランは、テキサス州アルビンとラウンドロックにある銀行2行、テキサス州スリーリバーズ付近にあるレストランを所有。また、念願がかなって、テキサス州南部で複数の牧場を所有経営しています。

2004年2月には、「ヒューストン・アストロズ」にサービスを提供するために5年契約を締結し、コンサルタントとして再びチームに参加することになりました。2005年に「ラウンドロック」は、「エドモントン・トラッパーズ」の買収と移転によって、プロ野球で初めてトリプルAチームへと昇格を果たします。トリプルAリーグは16チームのパシフィックコースト・リーグで競技していましたが、「ラウンドロック」がトリプルAチームの本拠地となったことを受けて、新たにダブルAのチームを結成してコーパスクリスティに移転させ、テキサス・リーグに加えました。

彼の家族は、妻のルース、息子のリードと妻のニコル、息子のリースと妻のアリソン、娘のウェンディと夫のアンドリュー・ビビンスです。またノーラン夫妻は、息子リードの子であるジャクソン・レイ、ビクトリアとエレン、息子リースの娘であるキャロラインとジュリアという5人の孫に恵まれています。

ノーラン・ライアン栄光の野球歴ハイライト

ノーラン・ライアンは力強い流麗な投球と、40歳にして時速100マイルを越える速球が特徴のパワー・ピッチャーです。27年に及ぶ選手歴をわずか4つのチームで過ごし、50以上のメージャーリーグ・ベースボール(MLB)記録を達成しました。主な功績に次のものがあります。

<ノーラン・ライアンの主な功績>

■ピッチャー歴:27年に及ぶそのピッチャー歴は、他のどの野球選手をも上回ります。リーグで2番目に最年少選手としてマイナーリーグから抜擢され、MLBの最年長選手としてグランドを去りました。MLBでは次のチームでピッチャーを務めました。

  • ○1966年、1968〜1971年 ニューヨーク・メッツ(ナショナルリーグ)
  • ○1972〜1979年 カリフォルニア・エンジェルス(アメリカンリーグ)
  • ○1980〜1988年 ヒューストン・アストロズ(ナショナルリーグ)
  • ○1989〜1993年 テキサス・レンジャーズ(アメリカンリーグ)

■奪三振:27年の球歴で5,714回三振を奪いました。これは2番目の記録保持者であるロジャー・クレメンスの記録を1,110回も上回っています。また1シーズン383奪三振というシーズン最多記録も1973年に達成しているのです。

■無安打無得点試合:選手生活24年目の2度の記録を含め、7回無安打無得点試合という驚異的な記録を達成しました。また1安打試合でも、ボブ・フェラーと同じ12回という最高記録を達成しています。

■永久欠番:エンジェルス(30番)、アストロズおよびレンジャーズ(34番)で彼の付けていた3つの背番号が永久欠番になりました。

■殿堂入り:すばらしい功績を残して選手生活を終え、殿堂入りの資格を得た1年目の1999年に、スポーツ記者の推薦によって野球殿堂入りを果たしました。その際、野球史上で2番目に高い得票率を得ました。

■世界記録:1974年8月20日に時速100.9マイルの球速を記録し、ギネスブックに掲載されました。

■オールスター:27年に及ぶ選手歴で、1972年、1973年、1975年、1977年、1979年、1981年、1985年、1989年の計8回オールスターに出場しました。

■継続的な野球への取り組み:「ザ・エクスプレス」というあだ名がついたライアンは現在、ともにアストロズ傘下のマイナーリーグ、「ラウンドロック・エクスプレス」と「コーパスクリスティ・フックス」のメインオーナーを務めています。

■テキサスの英雄:1989年にテキサス州議会によって公式に「テキサスの英雄」("Texas Hero")に指名されました。それ以外にもテキサス州で次の栄誉を与えられています。

  • ○テキサス州ハイウェイ288号は、「ノーラン・ライアン・エクスプレス」と名付けられています。
  • ○アルビン高等学校の野球場は、「カリフォルニア・エンジェルス」在籍時の2度目の無安打無得点試合を記念して「ノーラン・ライアン球場」と名付けられました。
  • ○2008年にテキサス州アルビンに「ノーラン・ライアン中学」が開校。
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