この問題については、これまで賛否両論があり、貿易の軋轢を呼ぶ一方で、「自然」・「オーガニック」と表示された食肉製品市場の活性化につながった。ここにきてようやく、米国食品医薬品局(FDA)が最終的に規則をまとめる模様だ。ある推計によると、米国で販売される抗生物質の70%が家畜に使用され、その大半が投与量以下で成長を促進するものだ。
抗生物質耐性菌に起因するヒトの疾病が、牧場で少量使用された抗生物質に由来するという決定的証拠はとぼしい。また抗生物質が家畜に広く使用されているにもかかわらず、なぜ体重増や飼料効率アップにつながるかは解明されていない。
科学者の最大の懸念は、食肉に抗生物質が残留する可能性ではなく、少量でも常時家畜に成長促進の抗生物質を使用すると、それらの物質が水や土壌に取り込まれて驚くべき速度で移動することだ。細菌は急速に増殖するだけでなく、多様な種類の耐性を他に移すことが研究で分かっている。
2008年発行のPew調査報告書によると「抗生物質耐性は治療を困難にし、病気の長期化・深刻化や、時には死を招く。CDC(疾病対策センター)によると、米国では毎年、9万9,000人が院内感染疾病で死亡している。1998年の米医学研究所推計では、抗生物質耐性が原因で、少なくとも年間40〜50億ドルの特別医療費が発生している。最近になって抗生物質の慎重な使用を呼びかける団体が推計した数字は、166〜260億ドルに増えている」。
早くも1970年に、英国の医師達が環境に大量の抗生物質を取り込むことの悪影響を懸念している。その後、1984年には米国で抗生物質使用に反論した「モダンミート」(現代の食肉)という本が出版され、1906年出版の「ザ・ジャングル」以来最も意義のある文学的批判となった。
その後も抗生物質使用は科学、政治、一般人の世界で注目されたが、1994年のO-157:H7(腸管出血性大腸菌)発生で関心が薄れた。EUは1998年に、科学論文による警鐘の増加も加わって、成長促進目的の家畜への抗生物質使用を禁止した。
【安全性、コスト、保健】
畜産団体は、「安全に使用すれば抗生物質で家畜の保健、飼料効率が向上し、食肉を安価で提供できる。規制は透明性のある科学的リスク分析に基づくべき」と表明している。この問題の論争はここ数年静かにくすぶっていたが、Pew報告書の鋭い批判も引き金となって再燃している。報告書は「年間で2,500万ポンドを超える抗生物質が人工的に家畜の成長を早め、牧場の不衛生な飼育環境の埋め合わせに使われている。獣医の監督なしの大量投与は、ヒトの健康に不可逆の深刻な影響を与える可能性がある」と述べている。
【賛否両論】
FDAは昨年、民主党議員が提出した法案支持を表明している。法案は7種類の抗生物質の家畜への使用を禁止し、農場・牧場での抗生物質使用にあたり獣医の監督を義務づけている。これに対し、畜産団体側は反対、医療保健団体側は賛成を表明している。 FDAのケネディ長官はニューヨークタイムズの論説で「デンマークが家畜への抗生物質使用を禁止した1990年台後半以降の状況を見ると、世界保健機構の調べで、デンマークでは耐性菌保菌の家畜が大幅に減少した。一部家畜に体重減、感染症も見られたが、規制によるメリットはこうした代償を上回った」と強く意見を述べている。
※2010年 IMSニュースレター12月号
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